倉石武四郎博士講義ノートアーカイブス 

倉石武四郎博士について


京都にて:
最前列左から 倉石武四郎先生、鈴木虎雄先生、青木正児先生、吉川幸次郎先生
二段目中央 頼惟勤先生 三段目左 入矢義高先生
嵯峨の中田勇次郎邸にて。1947年6月新入生歓迎会
尹子氏提供
[氏名詳細]

倉石武四郎博士は、明治三十(1897)年生れ、京都帝大、東京帝大教授を併任され、戦後は東大文学部教授を務められた中国古典学、中国語学、中国文学者である。博士が昭和三年(1928)から二年間北京に留学駐在したおり、個人的に収集した中国古典籍、清代学術関係図書は、博士の創設された日中学院を経て、博士の没後東大東文研の図書室に収められ、「倉石文庫」として知られる同図書室の最も貴重な漢籍コレクションの一つとなっている(同時期に東方文化学院京都研究所のために購入された陶湘旧蔵の漢籍は、現在の京大人文研の漢籍中叢書の部の基幹を形成している)。

一高在学中から中国文学を志し、大正七年(1918)東京帝国大学文科大学に入学、大正十年(1921)支那文学科を卒業。 大正十一年(1922)、支那学を標榜する京都帝大大学院に転じた。京大では狩野直喜教授に師事。 大正十五年(1926)京都帝大専任講師。昭和二年(1927)同助教授。昭和三年(1928)三月より昭和五年(1930)八月まで文部省在外研究員として北京駐在。昭和六年(1931)より東方文化学院京都研究所の研究員を兼任。昭和十四年(1939)京都帝大教授。同年より東京帝大講師。昭和十五年(1940)東京帝大教授。 昭和二十四年(1949)東京大学専任として東京に移住。昭和三十三年(1958)定年退官。昭和三十九(1964)年日中学院設立。昭和五十年(1975)没。七十九歳。

博士の学問は、中国古典学を中心とするもので、特に文献言語の研究において目覚しい成果を挙げた。例えば『儀礼疏考正』は、経典『儀礼』に関して最も重要とされる唐代の研究書『儀礼疏』について、精密な本文校定を行ったものだが、清代以来の学術成果を踏まえながらも、『儀礼疏』の言語がより丁寧に探究されており、現在に至るまで超えられることのない最高水準を示している。又、学位論文『段懋堂の音学』(懋堂は段玉裁の号)は、『説文解字注』全体を詳細に分析して、漢字一字一字の古代における発音について、段氏の具体的な判断を委細漏らさずまとめ上げたものであり、『説文解字注』を正確に読解するためのハンドブックとして、現在でも高い利用価値を有する。

また、こうした古代中国語の音韻研究から発展し、昭和十年代(1935-1944)後半には現代中国語の諸方言に至るまでの綿密な調査と研究に至っている。

東大専任となった昭和二十四年(1949)以降は、一転して対象を現代の中国文学・文化に変じ、自ら日中学院を経営しながら、中国語教育に没頭された。

1963年に出版された『岩波中国語辞典』は、口頭言語の辞典を目指して編纂され、一つ一つの漢字を親字とし、その下に二文字以上の漢字で構成される語彙を並べる従来の辞典の体裁を捨て、漢字ではなく音節によって、単音節語彙も複音節語彙も同列に配列するという特異な体裁を採った。この辞典、および博士の没後、折敷瀬氏が遺志を継いで完成された『岩波日中辞典』は、数十年に亘って、日本の中国語研究・教育に絶大な影響を与えた。

博士が留学中に親しく教えを受けた孫人和氏は、民国期の優れた古典学者であり、古典文献の校訂や音韻学に深い造詣が有った。方言の語音研究や、音節中心の語彙研究なども、民国から戦後の中国において盛んに研究が行われた方向である。博士は、中国の学術を充分に学習・吸収し、その新たな動向の中に身を置きつつ、自らの研究において、独自の成果を挙げられた。博士の学術が同時期の中国の学術から受けていた影響は、ある意味で、東京・京都の学術から受けた影響よりも深いものであり、博士の学業は、京都学派といった偏狭な概念で概括できるものではない。そして、もちろん、博士の業績は、同時期の中国・京都・東京の他の研究者とは異なる独特の方法によって、高く評価されるのである。

頼惟勤・戸川芳郎による 倉石武四郎博士略歴
頼惟勤・戸川芳郎 倉石武四郎博士略歴[中文]

参考文献

  • 戸川芳郎「はじめに」『本邦における支那学の発達』汲古書院,2007
  • 倉石武四郎著,栄新江・朱玉麟輯注『倉石武四郎中國留學記』中華書局,2002.4
  • 戸川芳郎「倉石武四郎」江上波夫編著『東洋学の系譜』第2集,1994
  • 戸川芳郎「頼先生と私」
  • 頼惟勤「倉石武四郎博士略伝」『中国の名著』倉石博士還暦記念/東京大学中国文学研究室編,勁草書房,1987.10
  • 倉石武四郎・折敷瀬興編『岩波日中辞典』岩波書店,1983
  • 頼惟勤・戸川芳郎「倉石武四郎博士論著目録」『漢字・日本語・中国語』倉石武四郎著作集第二巻p.452くろしお出版,1981
  • 倉石武四郎『中国語五十年』岩波新書,1973
  • 倉石武四郎「東京大学東洋文化研究所漢籍分類目録の刊行にちなみて」東京大学東洋文化研究所・東洋学文献センター報センター通信,No.8,1973 閲覧
  • 倉石武四郎『目録学』東洋学文献センター叢刊第20輯,1973
  • 倉石武四郎著『ローマ字中国語語法』岩波書店,1969
  • 倉石武四郎『儀禮疏攷正』東洋学文献センター叢刊第23輯,1968
  • 倉石武四郎著『岩波中国語辞典』岩波書店,1963
  • 倉石武四郎著『ローマ字中国語初級』岩波書店,1958
  • 倉石武四郎「〝怪〟を語る」(倉石武四郎博士略歴・退官時近影・講義題目付き)東京支那学報第4号,1958
  • 戸川芳郎「国語と国文学」第402号,1957.10